四つの言語を国語とするスイスの文化  

フランス語レッスン担当 麓 絵里  ジュネーヴ発 

食事に招かれて


 最初から話に水を差すようですが、食事に招かれるほどスイス人と親しくなるのは、一般に至難の技です。しかし、これは言い換えてみれば、貴方を食事に招待した人は、そうまでする気になるほど、貴方のことを気に入っている、ということです。ならば招待を受けた時点で、楽しい仏語会話での食事は保証されたようなもの。余裕を持って臨んで下さい。

 スイス人は食事に招くまでたっぷり時間をかけますが、「おもてなし」に時間はかけません。もちろん相手の生活環境・スタイル次第ですが、大抵、招待の内容はいたってカジュアルなものです。かしこまっておめかしして行くと、場違いでバツの悪い思いをしますから、気をつけて下さい。普段着で、値の張らないワインかチョコレート、あるいはお花などのお土産をひとつ提げて気軽に出かけましょう。

 スイスは時計の国、時間に正確な人が多いですから、招待時刻どおりに到着するのが懸命です。しかし、フランス語圏では、20分程度の遅れならほとんど問題になりません。それ以上遅れる場合は事前に連絡をいれておきましょう。でも、早めに着くのは禁物です。招待した人は大抵、予定時刻の直前まで忙しく立ち働いているはずですから、早めにお客さまが到着するとすると、秒刻みの準備予定が狂って恨まれかねません。

 訪問宅のドアが開いたら、通常の挨拶の後、"Merci pour l'invitation."(ご招待いただいてありがとう)とか "C'est très gentil de m'avoir invité(e)*1" (ご親切にお招きいただいて)とお礼を言いましょう。それからコートやバック類を玄関脇におきます。最近では日本のように、室内に入る前に靴を脱ぐ家庭が増えていますから、そうと気づいたら進んで靴を脱ぐと良いでしょう。

 一同座に落ち着くと、食前酒(un apéritif)を勧められます。遠慮せず、ホストがあげたものの中から好きなものを選びましょう。他の人と同じものにする必要はありません。ただし、若い20歳前後の人を除いて、女性はほとんどビールを飲まないお国柄ですから、よっぽど親しい間柄でもない限り、女性はビールを頼まないほうが懸命です。一般にワイン文化圏では、ビールは野卑な飲み物と考えられているようです。全員の手にグラスが渡ったら、"Santé!"あるいは"A votre santé!" といって乾杯します。「貴方の健康を祈って」という意味です。ちなみにスイスでは、誰かがくしゃみをした時も「サンテ!」といいます(フランスではふざけて "A vos souhaits!"「お望みがかないますように!」と言う)。乾杯の時に"Santé!"というときは、必ず相手の目をまっすぐ見てください。その場にいる人全員と一人一人目を合わせて、"Santé!"と乾杯します。最初のうちは照れくさく、面倒に思いますが、そのうち慣れて、「サンテ!」と元気良く言いながら、自然に皆の顔を見まわせるようになります。言うまでもありませんが、相手を見つめる時は微笑むように心がけてください。特に日本人男性は要注意です。特攻隊の別れの杯でも、ヤクザの堅めの杯でもなく、楽しい食事を始める前の乾杯ですからしかめっ面は禁物です。肩の力を抜いてリラックス、そしてマイル。


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